Cafe de Panchito blog

西村秀人によるアルゼンチン、ウルグアイほかラテンアメリカ音楽について
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ウルグアイでのタンゴ講演が本になりました

2013年9月にウルグアイの首都モンテビデオで行われた国際コロキアム「タンゴ 昨日と今日」の講演内容が本としてモンテビデオで出版され、ようやく一昨日私の手元に届きました。
タンゴを聴き始めて30年経ちますが、私自身がスペイン語で書いたものが本になるのは初めてです。コロキアムにはアルゼンチン、ウルグアイ、コロンビア、チリ、ブラジル、日本から研究者が参加、ブラジルの研究者もほぼスペイン語ネイティヴに限りなく近いので、スペイン語のノンネイティヴは私だけでしたが、でも何とか90分の日本のタンゴ史についての講演「日本のタンゴの歴史:ジャパナイズと真正性の間で」を行いました。
この本に収められたのは、それを文章化したもので、当日省略した内容も少し含まれています。

他の著者の文も興味深く、オマール・ガルシア・ブルネリ(この人、何と "Ilusion de mi vida" "Una insipracion"等の作者としても知られるアコーディオン奏者フェリシアーノ・ブルネリの孫です)の「アストル・ピアソラ作品における歌のタンゴ」、グループ「アスティジェーロ」や自己のオルケスタで活動しているフリアン・ペラルタの「今日のタンゴにおける伝統と破壊」、ブラジルのカルロス・サンドリーニ「エルネスト・ナザレ―以前のタンゴ・ブラジレイロ」、チリ人で軍政期にフィンランドに亡命し長く研究を続けているアルフォンソ・パディージャの「フィンランド・タンゴにおけるスタイルの変化」、伝説的なウルグアイのタンゴ・コレクターであるボリス・プーガの「1940年代半ばまでにおけるウルグアイのタンゴ演奏家のレコード」などバラエティに富んだ内容になっています。

もちろんスペイン語以外でも出版されればいいなとは思いますが...むずかしいでしょうね。

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【 2015/02/11 (Wed) 】 執筆 | TB(-) | CM(-)

日本タンゴ渡来100年についての記事

こちらもFACEBOOKでしかUPしていなかったので、再掲しておきます。

私・西村秀人が取材協力し、先日の読売新聞に掲載された「日本タンゴ渡来100年」の記事が、ほぼそのままWEBに掲載されています。

タンゴ伝来100年…踊る男爵も登場

こちらもぜひご覧ください。今回の講演会についても触れられています。
【 2014/10/21 (Tue) 】 執筆 | TB(-) | CM(-)

映画「白夜のタンゴ」日本公開にちなんで~フィンランド・タンゴの世界

 私がフィンランドのタンゴについて知ったのは、今から21年前、ちょっとした偶然だった。当時大学院生だった私はたまたま個人宅で開かれた筑前琵琶のコンサートに招かれ、偶然そこで音楽評論家のピーター・バラカン氏と挨拶する機会があった。私がアルゼンチン・タンゴの研究をしていることを告げると、「今度のCBSドキュメントでフィンランドのタンゴに関するレポートが放送されますよ」とのこと。CBSドキュメントはTBSの深夜15分間の番組で20年以上放送されていた名番組である(その後TBSニュースバードに移り、「CBS60ミニッツ」として放送されていたが、それも今年の3月で放送終了となった)。早速見てみると、フィンランドではヨーロッパでタンゴがブームとなった時にそのまま歌曲とダンスのジャンルとして定着し、ブームが去った後も独自のジャンルとしてずっと歴史を重ねてきたことを知ったのだった。
 そのドキュメンタリーで特に印象的だったのは、まずフィンランドタンゴのメロディーが戦前・戦後の日本で作られたタンゴ調の歌謡曲によく似ていたということ。そしてもう一つはダンスホールのシーンで、赤いランプと緑のランプがつくようになっており、緑のランプがついた時は男性が女性を誘い、赤がつくと女性が男性を誘うことを示すものであったということ。解説によれば、フィンランド人は話す時にも相手の目を見ることが出来ないほど恥ずかしがり屋で、ダンスホールでも相手を誘うのに消極的な人が多いので、ランプによってそれを助けよう、ということらしいのだ。(あれから20年経ってフィンランドの若者は変わっただろうか...)
 その後決して多くはなかったが、フィンランドタンゴのCDが日本にも入ってくるようになり、いくつか買ってみると、思いのほかアルゼンチン・タンゴやヨーロッパ・タンゴの有名曲のカヴァーは少なく、早くから自国のタンゴの歴史を確立してきたことに驚かされた。
 当時入手した中で、一際すぐれていたのは歴史アンソロジーとなっているCD、TRIKONT US-0250 “Finnischer Tango – Tule tanssimaan” (1998)であったが、このCDで私は一大発見をすることになる。このCDを手にする少し前、私はビクターで「タンゴ・エン・ハポン」という日本のタンゴの録音を集大成したシリーズを企画・監修したところだった。この時初めて櫻井潔の戦前録音が復刻されたのだが、櫻井のレパートリーにはいくつか外国曲なのに出自不明、というものがあった。戦前は著作権もあまり厳しくはなかったのだろうし、どこかでまたまた入手した譜面だったりしたからにちがいないが、中でも「ラムール・オリエンタル」という曲はあきらかに外国曲なのに手がかりが全くなかった。もともとこの曲は櫻井もメンバーとして参加していた、日本で2番目に結成されたタンゴ・バンド「テイト・モンパレス・タンゴ・アンサンブル」のレパートリーで、1932年に録音も残されている。しかしそちらにも作曲者の記載はない。戦後になってコンチネンタル・タンゴの代表格である北村維章のシンフォニック・タンゴ・オーケストラが東芝のLPに同曲を収録しているが、そこではドイツ人レオポルドの作品となっていた。ところが、このフィンランド・タンゴのアンソロジーの8曲目に1960年録音のインストゥルメンタル・ヴァージョン、11曲目に1984年録音の歌入りバージョンの同一曲が収められていたのだ。フィンランド語の原題は Itämaista rakkauta、作曲者は Bohuslav Leopoldであった。CDの解説(ちゃんと英語訳がついている)によると、この曲の作者はチェコ人だが、1936年にフィンランド語訳で歌われたレコードがヒットして以来フィンランドタンゴの古典になったのだという。しかしヨーロッパのタンゴ楽団が演奏したものを私が聞いた記憶はなく、いったいどうやって日本とフィンランドというタンゴの辺境同士がこんなに早く結びついたのか不思議である。(まして日本のバンドの方がフィンランドでヒットするより先にこの曲を取りあげていたことになる。「たまたま」楽譜が流れ着いたにしても不思議な偶然としか言いようがない。)
Finnischer Tango058
Teito Monpalace Lamour oriental SP 055Sakurai LAmour oriental SP 075

 さらにこのアルバムには1915年録音という、文字通りフィンランド・タンゴ第1号と言ってもよい “Tanko laulu”(タンゴ・ソング)という曲も収録されている。「フランスのパリで流行しているタンゴからどうしてフィンランド人が逃れられようか」という歌詞内容なのだが、当時フィンランドはロシアの占領下にあり、音楽は何となく行進曲風で、ロシアに占領されながら流行はすべてパリからやってくる状況を皮肉ったもののように思えなくもない。いずれにしても1930年代までフィンランドのタンゴはパリのタンゴのパロディでしかなかったのだという。フィンランド・タンゴの歌詞に初めて北欧らしさがあらわれるのは1936年の”Lumihiutaleita”(粉雪)だそうだが、その頃から1940年代にかけてフィンランド・タンゴの名曲が多数生み出されていく。その背景には第二次世界大戦があり、戦地に赴いた夫や恋人への感傷的な思いが多くのタンゴを生んだのだそうだ。
この時期最も多くの名曲を作ったのはアコーディオン奏者のトイヴォ・カルキである。ケルトゥ・ムストネンやレイノ・ヘリスマアといった作詞家と組んで今も歌われる名曲を多数残し、中でも ”Täysikuu”(満月)は古典中の古典となっている。強烈なノスタルジーを感じさせるが、アルゼンチン・タンゴのどろっとした質感はなく、さらっとした感傷だけに余計深いものを感じさせる、という名曲である。

もちろん名曲登場の背景には優れた歌手の存在も欠かせない。「フィンランド・タンゴの王」「フィンランドのガルデル」と呼ばれる歌手オラヴィ・ヴィルタの人気は特に高く、現地ではCD29枚組の全曲集も発売されていると聞く。1938年にデビュー、1944年の”Siks’oon ma suruinen”(ゆえにわれ悲しく)の大ヒットで一躍スターとなる。その後は自身で作詞・作曲も行ったが、タンゴ人気に陰りが見えるとアルコールに溺れるようになり、1962年に飲酒運転で逮捕、入退院を繰り返しながらステージにのぼるが、1972年に波乱に満ちた57年の生涯を閉じた。ヴィルタのレパートリーは今もフィンランドタンゴの古典として歌い継がれている。
Olavi Virta CD 056Tango kuninkaat 1 055


タンゴのブームは1950年代後半から陰りを見せ始めたが、1962年に、名作曲家であるユント・モノネンが1955年に発表していた名曲”Satumaa”(おとぎ話の地)が名歌手レイヨ・タイパーレの歌で大リバイバルヒットとなり、その後数年間フィンランドタンゴは再び盛り上がりを見せたという。タイパーレは長く現役で、1990年代には世界中のタンゴ・アーティストが集まるタンゴ・サミットにも参加しており、日本から参加したオルケスタ・アストロリコに同行した故・芝野史郎さんからタイパーレのステージのライヴ録音をもらったことがある。映画「白夜のタンゴ」の出演者でもあるアキ・カウリスマキの監督作品にも出演しているそうで、今回の「白夜のタンゴ」にもタイパーレは登場するということで(現在74歳!)、ぜひその雄姿に期待したい。
なお、名曲 “Satumaa”にはセステート・タンゴ(ただしメンバーが交替した後の新生セステート・タンゴ)の素晴らしいアルゼンチン・スタイルのカヴァーヴァージョン “Pais de ensueno”がある。M&M TK28392 ”Nochero soy” (2001)に収録されているのでお持ちの方はぜひ再聴を。
Sexteto Tango Nochero soy CD 059

ビートルズに代表される若者音楽の波に押し流される形でフィンランド・タンゴは1965年から再び低迷期を迎えてしまう。作曲家ユント・モノネンもやはりアルコールに溺れ、借金を繰り返し、文学の世界への転身をはかったりもしたが、1968年失意のうちに世を去ったという。「タンゴ」という世界に破滅はつきものということだろうか。(そこに「酒」という要素が圧倒的に大きく絡むのは寒いフィンランドならではかもしれないが)

以後ヒットチャートにタンゴが登場することはなくなるが、フィンランド・タンゴは愛好者の間で熱心に聞き続けられることになる。ある資料によれば、この時代以降タンゴを聞くのはフィンランド南部の北側に偏っているという。また以前のタンゴ歌手はフォックストロットやワルツなど他の外国製のダンス音楽のジャンルもレパートリーに持っていたが、この時代以降タンゴ歌手はタンゴだけを歌うようになり、バックバンドもアコーディオンを中心とした小編成、歌手の服装も折り目正しい正装、と決まっていったのだそうだ。

その状況に再び変化を生じさせたのは1997年以降のアストル・ピアソラ作品の再評価だった。2000年にワーナーミュージックジャパンがフィンランディア・レーベルのタンゴ・アルバム3点を日本盤として発売したことがある。WPCS-10512「リベルタンゴ~タンゴ・フォー・4、デビュー」、WPCS-10513「ピアソラ:バンドネオン協奏曲集~ミカ・ヴァエリュネン(アコーディオン)」、WPCS-10514「タンゴ魂~ペドロズ・へヴィー・ジェントルメン」である。この3枚は若い世代のアーティストたちがピアソラの音楽に興味を持ち、そこから自国のタンゴやアルゼンチン・タンゴの古典にも目を向けていった過程があらわれている。たしかにそれ以前からアルゼンチン・タンゴの演奏スタイルが再びヨーロッパで広がりをみせてはいた。そういえば、手元に1993年のフィンランド盤 Majorselsekapet MSCD1117 “Soledad – Tango for 3” がある。四重奏で見事にキンテート・レアル・スタイルをこなし、そのスタイルによるオリジナル作品まで演奏している傑作であった(ここでバンドネオンを弾いているのは、ギドン・クレーメルとの共演で有名になるノルウェー人バンドネオン奏者ペル・アルネ・グロルヴィゲンである)。
基本的に歌曲であったフィンランド・タンゴに「演奏スタイルへの指向」という要素を強調したのもアルゼンチン・スタイルの再普及とピアソラの音楽への注目が発端と言えるだろう。ここ10年ほどはフィンランド・タンゴの古典も見直されており、クラシックやジャズの演奏家でタンゴに着目する人も増えている。ダンスは昔から社交ダンスのスタイルで踊られていたようだが、近年のアルゼンチン・スタイルのタンゴ・ダンスのブームで、アルゼンチン・スタイルを好む人も当然増えているはずだ。数は少ないが、ヘルシンキにもちゃんとミロンガがあるようだ。
Tango for 4 CD 057Pedros Heavy Gentleman CD 060
Tango for 3 CD 061


昨年私は日本のタンゴ史についての講演を行うためモンテビデオへ出向いたが、同じ講演会でフィンランドに移住したチリ人の先生がフィンランド・タンゴについて発表していた。彼はそこで私に1枚のCDをくれたのだが、それはMusic Finland 2014 “Arctic Paradise”というアルバムで、副題をContemporary Folk Music from Finlandというものだった。フィンランドのフォークミュージックにおける新しいアプローチを2011~13年に制作されたアルバムからピックアップしたオムニバス・アルバムで素晴らしく面白い内容なのだが、フィンランド・タンゴもそこに含まれている、つまりタンゴはもはやフィンランドのフォークミュージックと同じ枠組みでとらえられているのだ。どの曲もフォークでありながら斬新で、生き生きとしており、「保存会」的なニュアンスはどこにも感じられない。130年かけてアルゼンチンから世界に広がったタンゴはこんなところでこんな風に新しくなっているのだ。
Arctic Paradise CD 051

さて、映画「白夜のタンゴ」は「タンゴはフィンランドが起源である」という説を聞いて奮起したアルゼンチンの音楽家3人が現地までその説を確認しに行く物語である。もちろん史実的にはフィンランドがタンゴの起源であるわけはないのだが、ヨーロッパで最も深くタンゴを受け入れてきたという自負がそんな説を生み出しても不思議はない。
アルゼンチン側の出演者は度々の来日でもおなじみ、フェルナンデス・フィエロ楽団の歌手・司会者として著名なワルテル・チノ・ラボルデ(もともと半分役者のような人だからこの映画にはもってこい。ただしフェルナンデス・フィエロ楽団の古参メンバーと折り合いが悪くなって、1年ほど前にフェルナンデス・フィエロ楽団は辞めてしまったそうだ。先日トミ・レブレロと来日していたバイオリン奏者アレクセイの話。)、チノの相棒で優れたギタリストのディエゴ・ディピ・クイッコ、今年民音タンゴシリーズで来日したグレコ兄弟(ビセベルサ)のお父さんであるパブロ・グレコ(バンドネオン)が登場。そして映画ファンにはおなじみアキ・カウリスマキが出演、さらに彼の監督作品に関わってきたミュージシャンが登場する。もちろん私はまだ未見だが、東京ではユーロスペースで11月22日から、名古屋ではシネマテークで来年以降公開予定である。アルゼンチンではつい先日公開されたようで、スペイン語タイトルは ”Tango de una noche de verano”。ありとあらゆるヨーロッパ系移民がいるアルゼンチンでもフィンランド系の人には会ったことがない。いったいどんな反響があるか、そこも楽しみである。

参考資料:
月刊「ラティーナ」 2000年7月号 pp86-89
西村秀人「古今らてん異聞(第36回) おとぎの国の悲恋歌~フィンランドのタンゴ」

Pirjo Kukkonen, TANGO NOSTALGIA – THE LANGUAGE OF LOVE AND LONGING, Helsinki University Press, 1996
Tango nostalgia Libro 052
ARC Finnish Tango 1 CD 053ARC Finnish Tango 2 CD 054



【 2014/10/08 (Wed) 】 執筆 | TB(-) | CM(-)

ラティーナ2012年6月号「名盤700選」南米フォルクローレ原稿の訂正について

すみません。今さらなのですが、ある方から指摘されて見て初めて気が付いたので訂正させていただきます。

2012年6月号の「ラティーナ」の通巻700号記念企画の「名盤700選」で「タンゴ」と「南米フォルクローレ」の選盤・コメントを担当しましたが、44ページ1段目真ん中の RALY BARRIONUEVO / EL PRINCIPIO DEL FINALの解説が、編集部のミスにより、42ページの同じ位置のアドリアン・イアイエスの解説と同じになってしまっています。私が書いた本来の原稿は以下の通りです。

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ラリ・バリオヌエボ Alter Nativo Americano 8287 669926-2 El principio del final <2005>
 ロック世代のフォルクローレを象徴するアーティストで、これは1995年のデビューアルバムの再発盤。ペテコ・カラバハルとドゥオ・コプラナクと共演した「ラ・フンターダ」(CD/DVD)ももちろん名盤。

*************

ご覧いただいていた方にはまことに申し訳ありません。ここで訂正させていただきます。
【 2012/12/10 (Mon) 】 執筆 | TB(-) | CM(-)

映画「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」

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ビルヒニア・ルーケ Virginia Luque (歌手・女優)


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カルロス・ラサリ(バンドネオン奏者:中央)、
フェルナンド・スアレスパス(ヴァイオリン奏者:後方右端)、
ちなみに左端のバンドネオン奏者は中堅演奏家のオラシオ・ロモ

東京・大阪・福岡で6月26日より公開、全国順次公開予定のドキュメンタリー映画
「アルゼンチンタンゴ ~伝説のマエストロたち~」
(原題:CAFE DE LOS MAESTROS)

http://starsands.com/tango/
タンゴファンだけでなく全ての人に見て頂きたい素晴らしい映画がようやく日本公開となります。

この映画の日本版パンフレット執筆と監修をしました。(字幕監修は高場将美さん)


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左からエミリオ・バルカルセ、エルネスト・バッファ、オスバルド・ベリンジェリ、
エミリオ・デ・ラ・ペーニャ、オスバルド・レケーナ、ビルヒニア.ルーケ、
レオポルド・フェデリコ、マリアーノ・モーレス、オラシオ・サルガン、
アティリオ・スタンポーネ

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ガブリエル "チュラ" クラウシ Gabriel "Chula" Clausi (バンドネオン奏者)

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ビルヒニア・ルーケ Virginia Luque (歌手・女優)


名古屋では7月31日より名演小劇場で上映決定。(初演入場者にはプレゼントも。公式サイトをご覧下さい)

名古屋地区では7月27日(火)TOKUZOにてレコードコンサートを開催します。
その他関連イベントも予定。
(詳細決定次第ブログに告知します)

2枚組CDも発売されています。(輸入盤)サントラではありません。
参考ページ:
カフェ・デ・ロス・マエストロス Cafe de Los Maestros(マエストロたちのカフェ)
http://bsas.blog115.fc2.com/blog-entry-368.html

※弊ブログに掲載のリンクと写真は配給元より許可を得て掲載しております。


【 2010/06/14 (Mon) 】 執筆 | TB(-) | CM(-)
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