カルロス・アギーレ La música del agua 2018日本ツアーのレパートリーから
(2)アルフレド・シタローサの作品 「エル・ロコ・アントニオ」「ベーチョのバイオリン」
De los repertorios del Tour japonés 2018 de Carlos Aguirre “La música del agua”
(2)”El loco Antonio” y “El violín de Becho” de Alfredo Zitarrosa
作者のアルフレド・シタローサは、前回紹介したアニバル・サンパージョと同じくウルグアイ人。1936年モンテビデオ生まれで、独学でギターをマスター、7歳の時に地元のラジオで弾き語りをしてデビューしている。歌手・ギター奏者の他、アナウンサー、ジャーナリストとしても活動していた時期があり、1958年に出版した詩集はモンテビデオで賞を受賞している。1961年、TVのジャーナリストとしてペルーに行った際に、正式に歌手としてプロデビューを果たす。1966年、ウルグアイでデビューレコード「ある娘のためのミロンガ」Milonga para una niñaが大ヒット、翌年からはアルゼンチンでも録音を開始。しかしウルグアイ軍政下で放送禁止措置を受け、1976年アルゼンチンへ亡命、そこからさらにスペインに亡命した。しかしそこでも軍事政権から任命されたウルグアイ大使と対立、さらにメキシコへ拠点を移す。1983年アルゼンチンでリサイタルを開催、翌年ウルグアイへ帰国。しかし亡命生活の疲れと、帰国した祖国への失望から体を病み、1989年、52歳で死去。本人の意思でしかるべき治療をせずに亡くなったので、一種の自殺だったとも考えられている。
独特の鼻にかかった歌声とウルグアイ人独特のなまりと語り口は、ウルグアイ・フォルクローレのシンボルであり、フォルクローレと都会をつなぐ存在でもある。また数々の作品により、後世のアーティストに多大な影響をも与えている。
”El loco Antonio”(エル・ロコ・アントニオ)は、アルフレド・シタローサの知り合いで実在の人物に取材した作品。本人はこの曲で「ロコ」と呼ばれたことで怒っていたそうだ。
「エル・ロコ・アントニオ」
おまえが思っているミロンガ
それこそがおまえが語ろうとしていること
悲しみとともに俺のところに来るんじゃない
だから俺はもう考えないんだ
おまえは俺が彼女を愛していたという
おまえがそんなにおしゃべりだなんて
サンタ・ルシアのことでも話してろ
21年も前の話だ
やぶの上にかかった鉄橋
水はどこへ行くでもなく、海のように
月はやつを捨て
ぬかるみを水浸しにする
ロコのアントニオはことさら愛していた
木でできたオールとはしけを
水位が下がるとやつが見えてくる
思いにふけりタバコを吸わせてやれ
橋を横切ると、ミロンガよ
泉のわきでサギたちが不満げに鳴く
そんな場所があることを思い出せ
考えてもみろ
あの頃おまえは思い出したがっていた
もうサンタ・ルシアがあったことを
その橋も、その運河も
もう1曲「ベーチョのバイオリン」El violín de Bechoはあまり「水」に関係した曲ではないが、やはり実在の人物に取材した曲。ベーチョとは、シタローサの親しい友人でクラシックの名バイオリニストでもあったベーチョことカルロス・フリオ・エイスメンディ(1932-1985)のこと。よくシタローサの家や練習場所にやってきてはミロンガのリズムで即興を楽しんでいたという。シタローサの死後に発売された未発表録音の中に、シタローサ所有のポータブル・テープレコーダーで録音されたベーチョとのセッションが数曲残されている(それ以外にはベーチョがオラシオというギタリストの伴奏でタンゴを演奏したEP盤がある)。その後ベーチョはベネズエラのマラカイボ交響楽団やボリビアのラ・パス交響楽団に所属、ヨーロッパでもミュンヘンやバルセローナで演奏した。
この「ベーチョのバイオリン」は彼がバイオリンを弾き始めた頃の少年としての苦悩がテーマになっている。歌と歌の途中に入る独特のメロディーは、ベーチョがシタローサとのセッションでよく使ったフレーズだそうだ。なお、ベーチョのお母さんは、軍事政権下で曲を禁止されたアーティスト(シタローサ)にゆかりのある人物の母親、というだけで軍事政権時代に自分の創設した学校で教えることを禁じられたという。
「ベーチョ」も「エル・ロコ」も本人は何度か録音しているが、ソンドールへの録音がベスト盤に収録されており、また1973年にアルゼンチンのミクロフォンで録音したアルバム(かなり以前に日本でもLPで出た)にも収録されている。後者ではフェルナンド・スアレス・パスなどアルゼンチンの名バイオリニストたちがバックをつとめている。「ベーチョ」はメルセデス・ソーサの演唱も定評ある名唱。
「ベーチョのバイオリン」
ベーチョはオーケストラでバイオリンを弾く
まるで先生がいなくなった子供のような顔をして
オーケストラは彼の役には立たない
彼にあるのは彼を苦しめるバイオリンだけ
バイオリンがベーチョを苦しめるから
彼の恋心も同じだけどね、少年たちよ
ベーチョは苦悩や愛に名前をつけない
人間のようなバイオリンを欲しがっている
ベーチョは愛してもいないバイオリンを持つ
でも彼はバイオリンが自分を呼んでいると感じる
夜になるとまるで後悔したかのように
その悲しい響きを再び愛する
木で出来た栗色の蝶々
絶望する小さなバイオリン
ベーチョがそれを弾かずに黙らせている時
バイオリンは彼の心の中で響き続けている
生と死、バイオリン、父と母
バイオリンは歌い、ベーチョはメロディーとなる
もうオーケストラでは演奏しない
そこで愛し、歌うのは骨が折れるから