Cafe de Panchito blog

西村秀人によるアルゼンチン、ウルグアイほかラテンアメリカ音楽について
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レオ・ミナックス LEO MINAX インタビュー 1

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スペイン・マドリードから初公演の為来日した、ブラジル・ミナスジェライス州
出身のシンガーソングライター、レオ・ミナックス LEO MINAXに7月8日(水)
インタビューをしました。

ツアー初日公演は7月10日(金)名古屋・Cafe Dufiで開催後、のち大阪・
京都・山形・東京・鎌倉(全国6ヶ所)にて公演を行います。
招へい元:サンバタウン Sambatown


●ツアーオフィシャルblog(日本語)
LEO MINAX Japan solo tour 2009 Official Blog
http://leominax.blog54.fc2.com/blog-entry-8.html

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レオ・ミナックス・インタビュー : その1
(2009年7月8日、名古屋)

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foto por Masayo Tanimoto

*ミナスジェライスのベロ・オリゾンチ生まれですね? ご家族に音楽家は?

-いないけど、みんな音楽が好きだった。家ではほんとうにたくさんの音楽を聞いた。
母はたくさんブラジル音楽を聞いていたし、祖父はギターでショーロを弾いたりしていたしね。
父はクラシックが好きだったから、そちらもたくさん聞いた。

* 「ミナックス」は本名ですか?

-いや、ちがう、芸名だ。22年前からマドリードに住んでいるけど、長いことマドリード
では唯一のミナスジェライス出身者だったから、みんなに「ミナスのレオ」と呼ばれてね。
それで芸名をレオ・ミナックスにしたんだ。

* 先祖はどちらの出身だったのですか?

-父方の祖父はスペイン・ガリシアの出身で、ブラジルのムラータと結婚して、4人の
子供をもうけた。その一人が私の父だ。さらに私にはポルトガル人とインヂオの血も
入っている。典型的なブラジル人だね。

* 最初の楽器はギターですか?

-その通り。小さい時から家にギターがあって、ずっとギターで遊びながら音を出したり
メロディを追ったりしていた。他の楽器もそうだけど、私はいつもそうやって耳から始めて
いるんだ。ちゃんと音楽を勉強しようとしたことも何度もあったんだけど、その都度途中で
飽きてしまってね。
いくらでも近所に音楽をよく知っている人もいたし、友だちから習えば済んでしまっていた
からね。
音楽を勉強したのは大人になってから、スペインに移り住んでバンドと一緒に音楽をやる
ためにアレンジを勉強する必要が出てきてからだよ。やっと自分の音楽をやるためには
勉強しなきゃいけないと気づいたんだ。遅すぎるよね(笑)。

* 若い頃、あこがれていたアーティストとかいますか?

-とにかくいろんなものをいっぱい聞いていたね。今も昔も聞ける音楽という点から言えば、
ブラジルという国はすごくアングロサクソンに偏っている、日本もある意味同じだと思うけど。
まず普通に耳にできるのは英語の歌だったよ。フォークとかプログレッシヴ・ロックとかジャズとか。
ヨーロッパに来てしばらくしたら、私がブラジルで好んで聞いていた音楽は、ブラジル音楽
にしても、アメリカ音楽のフィルターを通したような音楽だったんだなと実感したんだ。
ブラジル音楽から実はすごく遠いところに来ていたことに気がついて、それから少しづつ
ブラジル音楽に向き合うようになっていった。本当の意味でブラジル音楽を勉強し始めた
のはヨーロッパに来てからだよ。プロの音楽家としてそれが必要になったからでもあるけどね。
今までどれほど多くのものを失っていたか、気がついたよ。
だからブラジルにいた頃はアングロサクソンの音楽ばかりだったね。でもなぜかブラジル音楽
のインストゥルメンタルだけはよく聞いていた。もちろんミナスジェライスの音楽も聞いていた。
でもそれは郷土愛とかそういうことでは全くなくて、ブラジル音楽の中でも最もブラジル音楽
らしくないのがミナスの音楽だったからじゃないかと思う。
ジョビンとかヴィニシウスとか世界中に知られているけど、私はそういう流れには興味がない。

* 22年前スペインに行ったのは?

-23歳の時、大学でジャーナリストの勉強を終えて記者になるつもりだったんだけど、音楽も
続けていて、やっぱり音楽でやって行きたいと思いたった。そこでいつどこに行こうというわけ
でもなく、ヨーロッパに冒険旅行に出た。結局はそれは自分を探すための旅だった。
そして結局ジャーナリストの道は捨て、ブラジルにも帰らなかった。で、今に至るわけだ。

* スペイン以外に住んでいたことは?

-約1年ほどパリにいた。まずヨーロッパについてすぐは2ヶ月ほどスペインをうろうろしていた。
その後ベロオリゾンチ時代の友達がパリにいたからパリに行ったんだ。パリならブラジル音楽が
早くから定着していたし、たくさんのブラジル人音楽家が暮らしていたからね。日本でもそうだけど、
パリの人はブラジル音楽を良く知っているし、リスペクトしてくれる。
スペインにはそういう状況はなかった。大学時代パリに憧れがあったしね。でもパリにいて、
思ったよりはるかに多くのブラジル人ミュージシャンが活動していて、一方私は何も音楽を知らない、
ということに気がついた。
で、マドリードに戻って、すぐにブラジルに帰るつもりだった。でも幸か不幸かマドリードで仕事を
得て、結局そのままになってしまった。

* 今はブラジルには時々帰っているんですか?

-今はね。最初の3年ぐらいは全く帰らなかった。とにかくリュック一つでヨーロッパ中を旅して
いたからね。マドリードでちゃんと生活できるようになってからは時々戻るようにしているよ。
両親が心配するしね。さっき言ったように私の祖父はスペイン人だったけど、国籍をとるとか
そういうことに全く関心がなかった。だから父もスペイン国籍はなかったんだ。あとになって
手続きをして、今は私も兄弟もみんなスペイン国籍を持てるけれども。だからマドリードで
最初に仕事をするようになったとき、まだ私はスペイン国籍がなかったんだよ。

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foto por Masayo Tanimoto

* スペインではウルグアイのホルヘ・ドレクスレルと共作したりしていますね?

-確かホルヘに最初に会ったのは、スペインやラテンアメリカの作曲家の著作権を守る協会
のためのコンサートだったと思う。小さい劇場でホルヘはスペインで出した最初のアルバム
「ジュエベ」からの曲を歌った。その音楽をすごく気に入ったんだ。でもその時挨拶したりとかは
しなかった。その後彼が私のコンサートに来てくれた。でもその時も話はしていない。
彼はマドリードから60キロほどのところにあるサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルに住んで
いるんだけど、そこにバーがあって、たまたま私が出演することになった。そしたらそのバーに
ホルヘが来てくれた。そこで私はアルバム「ジュエベ」に入っていた「デ・アモール・イ・デ・カスアリ
ダー」とアルバム「バイベン」に入っていた「ドス・コローレス:ブランコ・イ・ネグロ」を歌ったんだ。
そしたら彼が感激して近づいてきてくれて、家に招待してくれて、それからずっと交流がある。
ホルヘはすごく優しい人だよ、ホルヘがいなかったらたぶん私の音楽は、特にブラジルでは
知られるようにならなかったかもしれない。
彼を通じて知り合ったアーティストにブラジルのシンガーソングライターのモスカがいる。
私の音楽をブラジルにもって行ってくれたのはモスカだ。
でその後ポルトアレグレ出身の友人のおじさんだといって紹介されたのがヴィトール・ハミルだった。
彼の音楽はリズムや感情表現という観点からいうとミロンガなどウルグアイやアルゼンチンの
音楽の方に近い。
そうやって私の音楽がいろいろなところとつながって広がりを持つことが出来るようになった。
ホルヘのおかげだと思うね。

* 曲を作るときはいつもポルトガル語ですか?

-いや、スペイン語で作ったものもたくさんあるよ。2003年のアルバムにはスペイン語による歌
を含めた。やっぱりスペイン語の方が時間が多くかかるので、数曲が限界だった。
でも今ずっと一緒に制作しているプロデューサーに「君はスペイン語で歌うと何かを失っている。
ポルトガル語で歌った方がいい。」と言われた。その時は大変な思いをして作ったアルバム
だったから殺してやろうかと思ったけど(笑)。
その後はポルトガル語でアルバムを作っているけど、でもスペイン語でアルバムを作りたい
という気持ちはすごくある。今まで作った中でメロディの綺麗な、シンプルな曲を選んでスペイン語
の詞をつけたらいいだろうなと思っている。
スペインやメキシコでポルトガル語で歌うとスペイン語で歌うことの必要性を感じる。日本のファン
みたいにブラジル音楽を知っている人だったら、ポルトガル語で歌っても、リズムやスタイルを
知っているから充分理解してもらえる。
でもスペインやメキシコだとその辺がうまくいかない。それを考えるとスペイン語で歌うことも必要
だと感じている。

パート2に続く

(掲載内容および画像の無断掲載・転載を禁じます)
【 2009/07/10 (Fri) 】 LeoMinax | TB(-) | CM(-)
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