Cafe de Panchito blog

西村秀人によるアルゼンチン、ウルグアイほかラテンアメリカ音楽について
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エミリオ・バルカルセ逝去

残念ながら、先ほどエミリオ・バルカルセが92歳で亡くなったというニュースがアルゼンチンの新聞に出ました。

http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota_id=1343477

バルカルセは1918年生まれのバイオリン/バンドネオン奏者・作編曲家で、1940年代中頃にアルベルト・カスティージョやアルベルト・マリーノの伴奏楽団を率いていましたが、その後オスバルド・プグリエーセ楽団に入り、バイオリン・作編曲家として大きく貢献、「ラ・ボルドーナ」「シデラル」「ビエン・コンパドレ」「シ・ソス・ブルーホ」「枯葉の散る頃」など多数の作品を残しました。プグリエーセ楽団ともに1965年に来日も果たしています。
1968年にはフリアン・プラサ、オスバルド・ルジェーロなどプグリエーセ楽団のメンバーとともにセステート・タンゴを旗揚げ、1987年の初来日以来何度か来日しました。
セステート・タンゴ脱退後、自己のクアルテートを率いた際、バンドネオン奏者に転向して話題になりました。
2000年、イグナシオ・バルチャウスキーに請われてタンゴ学校オーケストラ(オルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴ)の指揮者に就任、タンゴ黄金期のあらゆるスタイルに通じた豊富な知識で若手ミュージシャンの指導にあたります。このオルケスタの結成からパリ公演までの経緯をつづったドキュメンタリー映画「シ・ソス・ブルーホ」は今でも入手できるかもしれません。バルカルセと現在のタンゴ界で広く活躍する当時のエスクエラのメンバーたちが登場します。

私はオルケスタ・エスクエラの取材の時にバルカルセにも話を聞きました。豊富な知識と人柄はまさしくオルケスタ・エスクエラに適任だと思ったものでした。2007年に耳が遠くなったこともあり、オルケスタ・エスクエラの指揮者を退きますが、現在でもオルケスタにはエミリオ・バルカルセの名が冠されています。

黄金の1940年代を知るアーティストがまた一人いなくなってしまいました。
映画「アルゼンチンタンゴ~伝説のマエストロたち」(カフェ・デ・マエストロス)にも登場、当HPにもバルカルセの思い出を書いています。
http://tanimon.com.ar/hidetonishimura/EmilioBalcarce.html
【 2011/01/22 (Sat) 】 訃報 | TB(-) | CM(-)
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